理由もなく解雇通告し、その日に職場から追放する日本IBMの「ロックアウト解雇」。JМIUの組合員3人が解雇撤回などを求めた訴訟の第1回口頭弁論が昨年12月21日に東京地裁でありました。原告3人の意見陳述の要旨を紹介します。(しんぶん赤旗より転載)

尽くし続けた会社に 49歳男性

私は、1987年4月に日本IBMに入社し、93年7月まで営業職、93年8月からは営業支援職を一生懸命やってきました。営業支援職と言うのは、営業員に代わって、いくつかの社内部署の承認を取得する職種で、非常に忙しい日々を送ってまいりました。深夜まで残業する事も多く、それが原因で98年から、うつ病を発症しました。それでも、うつ病を治療しながら、今日まで仕事第一に、お客様の為に一生懸命頑張ってきました。

そのかいあって、2008年3月には所属部門の月間最優秀賞を、09年8月には所属チームのリーダーから感謝状と盾を受賞しました。

また、今年(12年)4月に米国IBMの社長と日本IBMの社長から勤続25年の表彰を受け、副賞として1カ月の休暇取得の権利が授与され、8月に休暇を取得する事になっていました。

ところが、7月20日午後5時過ぎに、上司から呼び出されて会議室に入ると、上司と部門の人事担当者がおり、突然解雇を告げられたのです。

全く予想していない出来事でしたので何が起こったのか状況が飲み込めずに、ただただぼうぜんとし、パニック状態のまま部屋を出ました。組合幹部に電話で相談し、ぼうぜんとしたまま自宅近くのファミリーレストランまで行き、やっとの思いで夕食を少し口にしました。思いつくままに組合の顧問弁護士や友人たちに、すがるような思いで相談のメールを打ちまくりました。

翌日以降、組合の委員長に同行してもらい、なんとか出社しましたが、中に入れてもらえませんでした。それ以降、私は職場を奪われたままです。

その後、私は、解雇理由が業績不良と言うだけで、何の事を指して言っているのか全く分からなかった為、組合を通じて団体交渉などで解雇理由の説明を求めましたが、結局、具体的な解雇理由を告げられる事はありませんでした。

私は、うつ病を患って以降も、過労死水準の残業をさせられたあげくに残業代が一部しか支払われなかった事から、今年4月に残業代の支払いを求めて提訴しています。今回の解雇は、提訴に対する報復の仕打ちとしか思えません。

収入を断たれた今、食費を1食300円以内に切り詰め、貯金を取り崩しながら、なんとか暮らしています。

同居して面倒みている80歳を過ぎた両親は、私の今後の人生を心配し、「このままでは死んでも死にきれない」と毎日嘆き悲しんでいます。

私自身も、25年以上、人生の最優先の事柄として心血注いできた会社に裏切られたという思いが強く、悔しくて悔しくて、また将来の不安に襲われ、睡眠薬の量を増やしても毎晩夜中の4時半まで寝付く事ができません。病状は悪化するばかりです。

私がとてもつらい日々を送っていると言う事を理解して下さい。

会社は私が10年以上うつ病の治療を受けている事を知りながら不当に解雇を行い、その結果、私の心身はボロボロになりました。腹立たしくてたまりません。この年齢で再就職などとてもおぼつかず、近々に考えていた、過程をつくり、育むことの見通しがつかなくなった事が無念でなりません。何としても職場に戻してまともな暮らしをさせて下さい。

社長は今、「社員の新陳代謝、入れ替えは必要だ」と開き直った発言をしていますが、私には、解雇されなければならない業績不良などありません。一生懸命に会社に尽くし続けてきたのに、突如、会社から締め出されて解雇されると言うのは絶対納得できません。

裁判所におかれましては、私の悔しさをご理解いただき、正しく判断していただくようお願いします。

『15分で私物をまとめて退社せよ』犯罪者のような扱いに憤り 40歳松木東彦

私は、今回の日本IBMの解雇のやり方にあきれています。解雇理由は「個人の勤務成績不良」との事ですが、団体交渉などで詳細な理由を求めても、それ以上の回答は何も出てきません。また、解雇予告通知後、15分ほどで私物をまとめて退社を要求し、翌日以降は出社禁止といった犯罪者のような扱いにも憤りを感じます。

さらに、解雇通知日より2日以内に自ら退職する意思を示した場合(会社配布の「特別加算金を伴う退職願」にサインして提出の場合)は解雇を撤回し、退職加算金+再就職支援のサポートを用意するといった、自己都合退職に誘導するような手法にも疑問を感じます。このような理不尽な解雇の撤回を求めて提訴しました。

書面読みだす

(昨年)9月18日の午後4時55分ごろ、セカンドラインのTさんが突然、私が所属している横浜北事業所へ来ました。5時からミーティングと伝えられ、ちょっと用事があるとの事で待つように指示されました。

しばらくして、面識のない2人(書面によると理事のYさんと人事のHさん)が入ってきて、名乗ったかどうかもわからないうちに、一方的に書面を読み出しました。よく聞き取れなかったのですが、しばらくして解雇通知らしいと気付きました。『キチンと聞き取れていない』と伝えると、読み上げた事は後に全て書面で渡すと伝えられ、そのまま読み上げ続けました。

9月26日付けで解雇、本日は5時36分までに私物をまとめて退社、明日以降は出社禁止。ただし、あさってまでに自己都合退職届を出すなら解雇を撤回し、退職加算金と再就職支援の用意があるとのことでした。

5時36分までは15分ほどしかなかったため、重要な私物だけを整理し、Tさんと人事のHさんにせかされるなか、6時ごろに同僚に挨拶する間もなく退社しました。

理解できない

私は自己都合退職を選択しなかったので、9月26日にそのまま解雇となりました。

私は2000年3月に京都大学工学部大学院エネルギー科学研究科を卒業し、滋賀県の野洲研究所にて開発エンジニアとして働き始めました。03年に所属部門が京セラに売却され、その役半年後、人材派遣会社に出向し派遣先で派遣社員として働き、06年に帰任後は大型サーバーの周辺機器(無停電装置や光ファイバーケーブル)のエンジニアとして働きました。

会社がサービスビジネス中心に移行していく中、所属部門もサービス部門へ移行し、近年は事務的な仕事が職務の多くを占めていました。このように会社の意向に沿いながら、12年間いろいろな仕事に従事してきて、この突然の解雇は全く理解できないと同時に、憤りを感じています。

わかっているだけでも、わずか2週間ほどの間に10人にほぼ同じ文面で「解雇予告通知および解雇理由証明書」が渡されました。これは不自然なことではないでしょうか。

一方で、「雇用契約を円満に終了したい」という理由で、自らの退職する意思を示した場合は、解雇を撤回し、退職金+再就職支援のサポートを用意するといったことが明記されています。これも普通解雇の明確な理由があれば、わざわざ加算金を払って、再就職支援まで行う必要が分かりません。会社が人員整理する為に、何らかの理由で解雇したい人物を選択して解雇したとは考えられないでしょうか。

私の場合、会社を正しい方向へ導こうとした行動が、会社にとっては疎ましく、解雇の原因になったのではないかと考えています。

正しい判断を

私は、社内調査機関などを使って改善活動をしていました。同じ課で働いている請負社員は偽装請負ではないか。人材派遣会社に出向し、その後派遣先で働いた事に違法性は無いか。出向先が日本IBMといってはいけないなどの待遇は正しい事か、などです。

もし、これらの改善活動が解雇の原因となったのであれば、大変残念な事だと思います。

詳細な理由も説明されず、犯罪者のように締め出され、あわよくば自己都合退職に誘導するような解雇が、この日本で許されるとは到底思えません。このような解雇が許されるのであれば、多くの他企業で同様の手法で解雇が実施され、まさに解雇自由化へと向かいます。司法の正しいご判断が私たちの最後の頼みです。よろしくお願いいたします。

上司が言った『組合員は不利になる』 息子に幸せな社会贈りたい 53歳男性

私は26年前(1986年4月)に被告に入社しました。日本IBMを就職先に選んだのも、子どものころから好きだった設計と大学在学中に取得したコンピューターの技術を生かせるのが日本IBMだったからです。私は学部卒ながらも見込まれ、大学院卒ばかりの「日本IBM研究所」に配属されました。入社3年目にはソフトとハードウェアの両方のスキルを身に付けていた私にとって、自分の能力を生かせる重要な部署に配属され、生き生きと仕事をしていました。

指で「U」示す

入社以来一生懸命働いてきましたが、2008年10月、私はRAプログラム(再就職支援付きの退職勧奨制度)の対象になり退職勧奨を受けました。私は退職に応じない事にし、RAプログラムが終了する直前の12月に組合に加入しました。

10年7月頃にもまた退職勧奨にあったので断ったところ、その席で、上司で所属長であるK氏から「ついでに、組合に入っていますね?」「組合加入の理由は何ですか?」と質問されました。私は「自分を守るためです」とだけ答え、この時はそれ以上の追及はありませんでした。

ところが、12月になって、所属トップのI事業部長に私の顔の前に自分の親指と人差し指以外の指を折り曲げ、親指と人差し指の第1、第2関節を折り曲げ、私にその手を見せつけて、こう言いました。「これだろ?」「これ」

I事業部長が見せつけてきた指の意味に気付きました。それはアルファベットの「U」、ユニオン、組合の事だと・・。

私がI事業部長に「Uですか?」「ユニオン、組合の事ですね?」と質問すると、I事業部長は「活動やっているのか?」「これは良くない」と言いました。

11年1月には、K氏が再び組合に関わっているか質問してきました。

「業務命令だ」

K氏は「組合に入ってますね」「何か活動はされていますか?」と質問しました。「いいえ、特には」と答えると、K氏は「それなら入っている理由は?」と質問してきました。私が曖昧に答えると、K氏は「組合に入っていると不利な査定がなされるという事実を知っていますか?」と質問してきました。「事実?・・・なのですか?」と回答すると、K氏は「もう一度言いますが、不利になるという事実を知っているかどうかについて聞いています」と質問してきました。「知っているとも、知っていないとも言えませんと」答えると、K氏は「知っているのか、イエスかノーのどちらですか?」と聞きました。「イエス・ノーのどちらとも答える事は出来ません」と回答すると、K氏は「イエス・ノーのどちらか答えろ」「これは業務命令です」と言いました。「業務命令というのはおかしい」と反論すると、K氏は「分かりました。話は以上です。忘れて下さい」と言い、面談は終わりました。

烙印押し冷遇

この日を境にK氏はよそよそしい態度をとり、自分を避けるようになりました。K氏は私を「会社にとって好ましくない人物」だという烙印を押したんだと思います。

11年初旬、私は自分の得意分野で能力を発揮できる業務を担当していたのですが、K氏の圧力により、この業務から外される事になりました。それだけでなく、11年10月に私が自主的な業務改善活動に参加していると、K氏は私に「参加するな」と言ってきたのです。この活動はあくまで自主的であり、上司が口をはさむこと自体、想定されません。こうして私はK氏から冷遇されていました。

12年9月20日、私はK氏から呼び出されて解雇予告を受けました。会社は私が組合員であることを理由に「会社にとって好ましくない人物」だという烙印を押し、仕事をはずし、そして解雇したのだと思います。

私には小学1年生の息子がいます。息子に解雇された事を話せないでいます。転職だったら、息子に「お父さん、新しい仕事に就いたよ」と説明できます。「解雇」のような複雑な話を息子には出来ません。

思えば、小学1年生の息子はちょうど「社会」を認知し始める年ごろです。認知する「社会」は幸せに満ちた社会であるべきです。解雇のような暗い一面を息子には認知させたくない。だから私は息子に解雇された事を話さないようにしています。

私が原告となったのも、裁判で被告の解雇が「違法」であることをはっきりさせ、息子に幸せに満ちた社会であることを教えてあげたいからです。